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追悼の言葉 ローレンスF.スノードン海兵隊(退役)中将 第4海兵師団―硫黄島―1945 米国硫黄島協会名誉会長 「名誉の再会」70周年 硫黄島 2015年3月21日

私が最初にこの島に上陸したのは、1845年2月。日米は交戦中で、状況は、荒廃、破壊、そして死によって描写され、目に映る色は、黒、グレー、赤の三色のみでした。全ての緑は、戦争のあらゆる兵器によって吹き飛ばされていました。赤は、熾烈な戦いの中で死傷した日米の兵士たちが流した血の色でした。その光景は忌まわしい記憶です。

そして今日、2015年3月、この地に立つと、島は緑で覆われ、憎しみは、友情に変わり、戦争は理解と友情に置き換えられ、日米は今日の世界で最も強力な同盟関係で結びついています。栗林中将令夫人が1995年に宣言されたように、まさに、「昨日の敵が今日の友」となり、夫人の言葉がその後何度も繰り返してきた名誉の再会の基調となりました。

時は、大いなる癒しと言われ、傷を癒すものですが、癒しは生存者らの多くに深い傷跡を残し、この地で亡くなった兵士らの遺族に深い感情的な傷跡を残しています。傷跡には、肉体的な傷跡もあれば精神的な傷跡もあります。すべての傷跡は、日米双方から数千もの死者を出した、この島での熾烈な戦いを想起させるものであり、私たちは、兵士たちを本日追悼し、また今後も永遠に追悼します。

日米双方ともこの地で、数多くの若い命を失いました。平和な世の中であれば、各々の祖国に多くの貢献ができたであろう若い命でした。ご遺族も戦争では避けて通ることのできなし深い悲しみに沈みました。この地で亡くなった戦没者らの御霊が安らかに眠り、ご遺族が戦没者と共有した良い時間を思い起こすことを祈ります。

「名誉の再会」20周年を共に祝うと同時に、私たちは、祖国や世界の市民に脅威を与えている国際テロに対しても、共に立ち上がります。国際テロの問題は、軍事行動のみでは解決できません。解決には我々の共同での経済的、国際的政治プログラムが必要であり、それによって日米両国の安全を保障できるのです。

私たちの硫黄島での合同「名誉の再会」事業が20年以上にわたり成功している理由は、
日米の数多くの関係者がこの地で亡くなった戦没者らの御霊をしっかりと追悼しようと望んでいるからです。佐々江駐米大使を始め、大使館スタッフの皆様の激励、ご支援に感謝します。また外務省、他日本政府高官からの多大なるご協力に感謝し、また本日ご参列の国会議員の皆様にも感謝申し上げます。この支援の全てが我々の友情の深さを示すものであり、皆様に感謝申し上げます。

結びに、私はこの合同「名誉の再会」が、将来永く続けて開催されることを望みます。この行事が、この地で亡くなった戦没者らを継続して追悼することに加え、日米があらゆる意味において友好国であり、我々の自由と我々の開係を危険に晒すものに対して両国が結束して立ち上がるのだということを、世界に示す象徴でもあるからです。
>20150321硫黄島-アメリカ

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追悼のことば

於硫黄島
私たち硫黄島戦没者の戦友及び遺族は、遠路いらっしゃった米国硫黄島協会の皆様と再開出来たことを嬉しく思います。かつて戦いを交えた者同士が集い、合同で慰霊追悼を行なうのは世界でただ一ヵ所、ここ硫黄島であることを誇りに思い、深い感慨を覚えます。

7 0年前、この島の戦闘は激烈を極め、多くの戦死傷者を出し、硫黄島は歴史に名を残すことになりました。日本の兵士たちは、50度を超えるような地下壕に耐え、食べるものも飲む水もないまま必死に戦い抜きました。圧倒的な兵力差の中で、追い詰められた人々は、逃げずへこたれず最後まで自らの役を果たしました。いったい何のために、そして何故そこまで踏みとどまることが出来たのでしょうか。

この灼熱の地獄で闘った兵士たちは、まさに故郷に残した両親や愛する人たちのために何とか頑張ろう、その危険を出来る限り先延ばしするために、自分たちはこの苦しさに耐えようということだったと思います。

ここ硫黄島での壮絶な戦いは、クリント・イーストウッド監督の手により日・米双方の視点から見た二つの映画となり、アカデミー賞を受賞するなど世界中に話題を呼びました。そして映画からわかったことは、この激しい戦いに臨んだ日本人の気持ちと、アメリカ人の気持ちは同じ想いだった、ということでした。それは「自分の大切なものを守るため…」。同じ気持ちをもつ兵士たちが何故戦わなくてはならなかったのでしょう。イーストウッド監督は、「戦争は若者の未来を奪う悲惨なものだ。しかし家族や大切なものを守るために犧牲となった人たちのことを我々は尊敬し、絶対に忘れてはならない。そのことを世界中の人に知らせたい」と語ってくれました。

私たち遺族は、祖国のため、家族のために戦った先人に心より哀悼の誠を捧げるとともに、この事実を風化させないよう次の世代に伝えていかなくてはなりません。この島の遺骨収集は未だ5割に届かず、時間の止まったこの島で一万一千人余りの方々が眠り続けていることを多くの皆様に知っていただきたいと思います。私たちは全員のご遺骨が故郷にお帰りいただくまで活動を続けて参ります。併せて現在の平和と繁栄が多くの英雄たちの尊い犠牲の上に築かれたことを心に刻み、今や強固な同盟開係を結ぶ日米両国民が引き続き協力して世界の平和と安定のためにー層努力してゆく決意を改めて誓うものであります。

本日の合同慰霊式の開催に当たり、多大のご支援をいただきました硫黄島基地をはじめ自衛隊の皆様、外務省、防衛省、厚生労働省、政府関係者並びに在日米軍関係者の協力に厚く感謝を申し上げ、遺族を代表しての追悼の言葉といたします。

平成27年3月21日
遺族代表
日本国 前総務大臣 衆議院議員 新藤孝義(栗林中将の孫)

20150321硫黄島-日本2

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