第49回自衛隊高級幹部会合同安倍内閣総理大臣訓示(3)

私は、「現場」からの問題提起を歓迎します。「現場」が直面する様々な課題に、必ず答えを出していく。これは、最高指揮官たる私の大きな責務であります。

「現場」に立つ隊員一人ひとりと私とは、この場にいる諸君を通じて、結ばれている。私は、そのことを忘れたことはありません。なぜなら、私と「現場」との紐帯の強さこそが、我が国の安全に直結する。そう信じているからであります。

私は、「現場」の情報を、何よりも重視しています。
統合幕僚長を含む安全保障スタッフから、毎週、様々な情報や自衛隊の運用状況について報告を受けています。国家安全保障会議も、月に2回は開催し、様々な課題について議論し、判断を下しています。防衛省・自衛隊からもたらされる日々の動態情報、戦略情報は各国との首脳会談を行う上で、そして、内閣総理大臣としてベストな意思決定を行う上で、欠かせないものとなっています。

今や、諸君の日々の活動の一つひとつが、日本の国益に直結している。この事実を、改めて、諸君に認識してもらいたい。そして、このことを肝に銘じ、職務に一層邁進してもらいたいと思います。さらに、諸君には、世界を視野に入れて、ダイナミックに発想し、そして行動してもらいたい。

私は、これまで既に63の国と地域を訪問してきましたが、首脳会談の際には、必ずと言っていいほど、防衛協力が大きな話題となります。キャパシティ・ビルディングや、装備・技術協力など、防衛省・自衛隊の有する高い能力による協力が求められています。

諸君には、これを、大きく前に進めてほしい。こうした協力を進めていくことが、地域、ひいては世界の安定につながり、日本の安全を確かなものとする。私は、確信しています。

各国の陸軍と陸上自衛隊、海軍と海上自衛隊、空軍と航空自衛隊といった、サービス・トゥ・サービスの間でも、戦術的な関係にとどまらず、地域や世界における平和と安定にいかに寄与していくか、戦略的な協力を進めてもらいたいと思います。いわば、「戦略的な国際防衛協力」であります。

自衛隊の国際貢献が、世界における高い評価を勝ち取れば、勝ち取るほど、自衛隊との防衛協力へのニーズも高まっていく。これは、必然の結果でもあります。従来の発想にとらわれることなく、大胆に、戦略的な国際防衛協力を進めてほしい。そのことによって、私が地球儀を俯瞰する視点で展開する、戦略的な外交・安全保障政策の、一翼を担ってもらいたい。切に希望しています。

国民の命と平和な暮らしを守る。この崇高なる任務に、「最終ゴール」などありません。国際社会は、私たちが望む望まざると関わらず、激変を続けています。こうした時代の荒波を、しっかりと見定めながら、未知なる事態にも柔軟な発想力で立ち向かい、いかなる困難にもひるまない強い使命感を持って、不断に努力を続けてもらいたい。
その中枢を担う幹部諸君には、大いに期待しています。

最後に、2年前、この場で紹介した言葉を、もう一度述べて、この訓示を締めくくりたいと思います。
「悲観主義は気分によるものであり、楽観主義は意志によるものである。」
フランスの哲学者アランの言葉です。
道を切り拓くのは、いつの時代も、「意志」の力であります。どうか、強い「意志」を持って、それぞれの持ち場で、自衛隊の果たすべき役割を全うしてほしい。

私と日本国民は、常に、諸君を始め全国25万人の自衛隊と共にありあす。その自身と誇りを胸に、日本と世界の平和と安定のため、益々精励されることを切に望み、私の訓示といたします。

平成27年12月16日
内閣総理大臣 安倍 晋三
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2015/7/27事務所開き スピーチ

ご列席の皆さん、今日はようこそ お出で下さいました。

ここにご列席の皆さんの中には、親愛なるドイツ人も、親愛なるベトナム人もおられます。それらの方々は、自国の最高の会社に所属されておられる
人々です。もちろん、多くの日本の優良な会社のエグゼクティブの方々にも
ご臨席を給わっております。
全ての皆様は、弊社にとって最高のお客様であられるのです。

他にも、日本を代表する銀行の方々にもお出で頂いていますので、
きっと皆様の会社とお取引があることでしょう。弊社にとっても、弊社の
成長に力を貸して下さっている重要なパートナーです。

さて、今年は歴史上の特別な年であり、ここ日本に於いては、第二次世界
大戦の終結後70年という政治的な転換期を迎えています。皆様もご承知
の通り、今日では日本と米国とは軍事同盟国の立場にあります。
しかしながら、偶然かも知れませんが、ここにいらっしゃる人々の祖国は
共通して、かつて米国と戦争をした国でもあるのです。

日本では第二次世界大戦、即ち、太平洋戦争のことを大東亜戦争と言います。
その名称の由来は、東アジアに共に栄える経済圏を作る戦いという意味です。
日本は世界から人種差別をなくすという、高邁な理想を掲げて、この戦を
しました。

日本はこの戦いには敗れたのですが、戦後はアジアやアフリカに次々と
民族独立運動が起こり、国家として独立を果たしてゆきました。
即ち、世界から人種差別がもたらした植民地が無くなったのです。
心ある日本人はこの歴史を誇りに思っています。

しかし、未来に向かっては、やはり戦争は抑止して行かねばなりません。
その最も効果的な方法の一つは、各国が経済的に繋がって自国に雇用を
生むことです。この分野では企業は大きな貢献をする事が出来ますし、
具体的な責任を果たすことが出来ます。

弊社もまた、優れたシステムエンジニアリング・サービスを皆様に提供
しています。それは自国に雇用を生み、さらに関係する相手国にも雇用
を生むのです。この雇用こそが、世界平和の基礎であることを、弊社は
深く認識しております。

今日は、弊社の新事務所のオープニングです。
弊社に継続して仕事を与えてくださった皆様に心より感謝を申し上げます。
皆様の前に現れる舞子さん達もまた、「最高のおもてなし」を仕事にしているプロです。
そして、酒所新潟の日本酒を皆様に贈ってくれました。
皆様と一緒に楽しみたいと思います。ありがとうございました。
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第二次世界大戦における米国の対日戦略

 大東亜戦争終結後、既に70年を経過しており、日本人の自虐史観を払拭する必要があるのは勿論のことであるが、事実を曲げてはならないと私は思う。

 事実歪曲の典型は、GHQの総司令官であったダグラス・マッカーサーが大東亜戦争は日本の自衛戦争であったと認めているではないか、として米国上院議会の証言を引用するのであるが、原典に当たれば、その認識が事実でないことは直ぐに判明する。

 マッカーサー大将は米国軍人として、自身の視点を述べているに過ぎず、確かに「自衛」という言葉は使っているが、日本の戦争行為を自衛だったからといって弁護しているものではない。彼は敵将であり、当然の話しである。では、その原典をご紹介しよう。

第二次世界大戦における米国の対日戦略

【ヒッケンルーパー上院議員の質問その5】
ヒッケンルーパー上院議員:
 中共の海路と空路を封鎖するという貴方の案は、太平洋戦争でわが国が日本に勝利を収めた時のものと同じ作戦ではないのですか?

マッカーサー元帥:
 その通りです。太平洋で我々は日本軍を迂回しました。そして包囲しました。日本には8,000万もの膨大な数の人々が4つの島にひしめいています。そのうちの半分は農家です。もう半分は製造業で働いています。日本の労働資源は量でも質でも、私が知る限りでは最も優れていると思います。これまでの経緯で日本人は、いうなれば労働は尊いものだと理解していたのです。つまり、人間は何もしていない時より働いている方が幸福なのだということです。

 この膨大な労働人口は絶えず働き続ける必要があったのです。ですから工場を建て、人手もありましたが、日本には原料が無かったのです。日本は蚕以外、ほとんど資源が採れない国でした。綿花も、羊毛も、石油も、錫も、ゴムも、その他多くのものが不足していましたが、日本以外のアジア圏ではこれらの資源は潤沢に手に入りました。日本は資源が手に入らなくなって、1,000万から1,200万の失業者が出ることを恐れたのです。それ故に、日本が戦争に向かった目的は主として自衛のためだったのです。

 日本は、原料を供給しているマレーシア、インドネシア、フィリピン等の拠点を戦備の強みを生かし、奇襲攻撃によって手にしました。日本の基本的な戦略は、アメリカから遠く離れた太平洋の島々の拠点を確保する、というものでした。我々がその島々を奪還するのに疲弊し、被害が甚大になり、その結果、日本が占領した場所の資源は日本が管理できる、という協定に同意させることを狙ったのです。

 これに対抗して、我々は全く新しい作戦を立てました。日本がすでに押さえていた要塞化した島を避けつつ、日本を包囲する、という作戦でした。我々は彼らの背後に回り、少しずつ、日本に占領された国々から日本へと続く海上交通路へ近づいていきました。我々がフィリピンと沖縄を奪い返す頃には、海路を封鎖することができ、日本軍への補給物資が届くことはなくなりました。我々がこの封鎖を成し遂げた瞬間、日本軍の負けは確定したのです。

 最終的に日本は降伏し、その時、私の知る限りでは少なくとも300万の戦闘可能な地上兵がいましたが、皆武器を置いていました。日本にはすでに物資も無く、攻撃を受けそうな重要な拠点に兵士を集めることもできなかったのです。我々は日本軍の戦力が薄い拠点を攻撃し、その結果、精強な日本帝国軍は降伏という賢い選択をしたのです。

 日本全体の戦闘可能な地上部隊のうち、太平洋の島々の拠点にその三分の一以上の兵士が配置されたことはなかったのではないかと思われます。しかし、先ほど申し上げた通り、我々が海路を封鎖し、経済体制全体を崩壊させたことで、日本軍は戦闘を続けるために必要な物資の補給ができなくなり、それゆえ日本は降伏したのです。

第二次世界大戦における日本の状況と今日の中国の状況の類似性

マッカーサー元帥:
 さて、中国の問題は、太平洋戦争時の日本帝国の問題とよく似ています。唯一の違いは、中国が資源等を何も手に入れていないことです。中国を封鎖するのは日本を封鎖したことより簡単になるでしょう。もし国際連合の全ての加盟国の協力が得られるなら、中国の海路を海岸沿いに封鎖するのはとても単純な問題でしょう。

 物資の支援はソ連から得るしか方法がありません。今朝説明しました通り、ソ連の鉄道は、ヨーロッパロシアにある大規模な工業中心地から走っていますが、すでに現ソ連駐屯地の維持で手一杯です。略奪目的の遠征のために兵士を再配備するには、必要な交通量の増加が大きすぎて到底支えることはできないでしょう。

 ソ連が中共に与えることができるのはごく限定的なものだけです。私の意見としましては、それこそが、中共が十分な規模と質を兼ね備えた空軍と海軍を保有することができない理由です。中国は強固な軍を自力で作り上げることもできず、ソ連も中国のために軍を作り上げることはできないのです。

 専門的な立場から見た私の意見は、以上の理由から、中共の近代戦争を遂行する力は大幅に誇張され続けていた、というものです。我々が中国全体に封鎖による圧力、そして空軍力による圧力をかければ、相当の期間、中国は屈する他ないだろうと考えます。

 中国は国民に配給をするだけで大変苦労しています。一年もしないうちに、飢餓や栄養失調が原因で、中国で500万から1,000万の死者が出ると考えられます。中国の経済は逼迫しており、この経済を崩壊させれば間もなく国民の大部分を混乱させ、不満を抱かせ、内政の緊張によって中国は戦争参加に向かうでしょう。
20150601マッカーサー

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